同い年ということもあり、日頃から親しくさせていただいている香山さん。精神科医という立場から見た震災、そしてこれからの日本についてお聞きしました。
私たちが震災でつかみ取ったものは?
香山 今回、大震災をきっかけに総理大臣補佐官という役職に就かれましたが、すごくめまぐるしい展開だったですよね。任命されたときは、「やろう」という感じだったんですか?
辻元 そのときはもう、補佐官であろうが誰かの荷物持ちであろうが、なんでもやらなきゃという気持ちでした。そして、任命されてすぐに、湯浅誠さんと一緒に政府に震災ボランティア連携室というのを作ったんです。
香山 ボランティア連携室というと、何かボランティアを組織立てたり、指示したりといったイメージを持っていたのですが、ボランティアを支援する後方支援的なものなんですよね?
辻元 私はやはり、政府がボランティアを采配するのは良くないと思っています。ボランティアが活動する上での基盤整備に回りたいと。
香山 今回の震災では、ボランティアは自己完結で入れる人や専門知識を持ってる人でないと、行っても迷惑になってしまうのではないかと言われていました。
辻元 私は実は最初から、ひとりでも多くの人が現地に行った方がよいと思っていたの。現状を直視するのはすごく大事だと思う。それで現場で活動できなかったとしても、帰ってきた町でやれることをやるとか、私はそれでもいいと思っています。
香山 私も被災地に二度行きましたが、現地で家族を亡くした20代の青年と話していたら、まさに同じことを言っていました。”ただテレビで見ているだけでなく、とにかく見に来るだけでもいいから一人でも多くの人に来てこの空気を感じてほしい”と。
ほとんどの方は、あの場に行けば、謙虚にならざるを得ないですよね。
私は、これまでの日本は、お金さえあれば大抵のことはなんとかなる社会なんじゃないかと、どこか思い込んでたところもあったんです。でも、ごくふつうだと思っていた、便利で豊かな生活が、いかにもろい地盤の上に立っているのかということを思い知らされました。
辻元 それぞれの生き方や価値観まで変わってしまうような現象が、被災された方々だけではなくて、今、同時代に生きる人すべてに起こってると思う。
人間の身の丈をもはるかに越えた災害や自然の猛威、加えて起こった原発事故、そして今こうしている間にも、あの瓦礫の下で行方不明になっている方がいて、その家族の方々が苦しんでいる。それらをどう受け止めて、これからの日本の政治や社会のあり方がどう変わるのか、エネルギーをどう変えなければいけないのか、そして果たして私たちはどんな未来を描くことができるのかということを、今すべての人が突きつけられている。
それと、避難所の運営や仮設住宅の建設など被災者への直接的な支援は、それぞれの自治体が取り組んでいるわけですが、津波で大きな被害を受けた市の市長さんと話したときに実感したことがあるんです。
例えば仮設住宅というのは県が運営しているけれども、ふつうはすごく画一的で個性がない統一規格がある。広さも間取りも使われる素材も。でもその市長さんは、高齢者が多いから、一戸一戸が独立している長屋式ではなく、みんなで集えるスペースがある、グループホームみたいな造りにしようと決断した。また、避難所では、子どもたちの泣き声がトラブルの元になって、子どもに心の傷が残ってしまったり、あるいは女性へのセクシャルハラスメントが起こったりなど、弱い立場にしわ寄せがいってしまいがちです。でも、日頃から子育てやDVの問題、高齢者の問題に取り組んできた自治体は、まっさきに各避難所に「子どもや女性のケア、プライバシーがちゃんと守れるように」と呼びかけられるわけですよ。
香山 いわゆる災害弱者じゃなくて、日頃から社会の中の弱者と言われるような方に気配りができているところは、こういう災害が起きたときにも強いわけですよね。
本当は一人の被災者に、一人のケアする人が必要なぐらいだと思うんですよね。
辻元 そう、パーソナルサポートというもの。ほんとにそれぞれの悲しみも違えば、傷つき方も違えば、もともとの心の丈夫さも違うわけでしょう?
香山 一人一人の方が1万5,000人以上も亡くなっているわけですよね。そのご家族を考えると、もうたいへんな数。本当は一人の被災者に一人ずつ、ケアする人が必要なぐらいの状況なんです。
もちろん国が、その何十万人の人それぞれにオンデマンド型の支援をするのは不可能だけれど、でもそれだけの人が本当に辛い状況にいることを、政治の側にいる人には忘れてほしくない。
辻元 そのために、今実現しようとしているのが、ひとつは「新しい公共」。NPOやNGOをはじめ、助けあいのネットワークをどう作るかということに取り組んでいます。それともうひとつは 「社会的包摂政策」です。”ソーシャル・ブリッジ”というのだけれども、たとえば子どもたちの世話や瓦礫の撤去、町のパトロールなどを、外部の人に頼るのではなく、被災者自らの仕事にする。
香山 賃金はどこが払うんですか?
辻元 国が支払えるよう、500億円を補正予算で確保しました。
人って、ケアされるだけではなく、自分の居場所や出番があることで回復していくものでしょう? その先に漁業や農業の復興がある。そのプロセスをサポートしていきたいんです。
それと、新しい動きとして今回、ツイッターのようなソーシャルメディアがさまざまな支援に使われています。今、菅総理大臣と一緒に、東北の物産をネットで買って支援しようという「ネットで復興」という会議をしているんです。それから、ボランティアに行って帰りに1泊温泉で観光してくださいというキャンペーンの計画もあります。ボランティアは何も禁欲的になることないのだから。
香山 そうですね。最初は自己完結型のボランティアが必要だったけど、別にボランティアに行くからといって普通以上に簡素な服を着て行く必要もないわけだし。
辻元 ちょっと気持ちを楽にして、末永く応援していく。東北のおいしいお酒やお米をネットで買って自分も楽しんで、東北の地域振興に役立つと。
香山 自分もいい気持ちになったりっていう関係ですよね。
辻元さん自身は疲れてないですか?
辻 うん、疲れてる。ちょっと精神状態を見てもらわなきゃ(笑)。
でもね、私たちの未来はこれからどうなると思う?
香山 私は、実はわりと希望的に考えています。これまで目指してきた、とにかく豊かになればいいとか、他の国を蹴落として経済大国になればいい、あるいは電力をどんどん作って、もっと産業を興せばいいという考えは、さすがにもう、違っていたんじゃないかと思わざるを得なくなった。
もしかしたらこの先、今までの意味での豊かさとはちょっと違う生活になるかもしれないし、経済大国ではいられなくなるかもしれない。電気も自由に使えなくなるかもしれない。でも、こっちの暮らしのほうが人間らしいなとか、余裕ができたな、と感じ始めているところがあると思うんです。
辻元 食料や水、地球環境やエネルギーについて、私たちは一人の個人としても国としても、どうしていくかということを考えざるを得なくなってしまった。おっしゃるように、ひょっとしたらこの先、どこかの国に経済的に負けるとか、国際競争力はなくなるなどと言われる側面もあるかもしれないけど、実はそこに、ものすごく最先端のもの、エネルギーにしても今までとまったく違う方向のものをつかみ取る可能性が秘められているんじゃないかと思うんですよね。
香山 そう。敗北とか衰退とか挫折と受け取るのではなくて、むしろ私たちはこういう生き方をみずから選び取ったんだと胸を張って言えること。そうなってはじめて、経済的な反映を極めた、社会の成熟の姿を見せることができますよね。